現在、「発達障害」という言葉は、かなり周知されるようになりました。大型書店の教育関係のコーナーに行くと発達障害に関わる書籍が複数平積みされており、ドラマや映画にも発達障害の人物が登場したりします。しかし、広く周知される以前から、知的障害はないものの発達に偏りが見られるために困難が生じている子どもは存在していました。
1980〜1990年代頃には、発達障害という呼称ではなく、LDやMBD(微細脳機能障害)と呼ばれていました。LDという言葉には、現在のように学習上の困難だけでなく行動の問題も含められていました。当時は、LDと言えばレーザーディスクやインテリア関係の用語(LD=リビングダイニング)と誤解されることが多かったものです。それを考えると、現在多くの人がLDをはじめ発達障害という言葉を認知していることに隔世の感を覚えます。
それでは、現代において発達障害あるいはその周辺児は、どのくらい身近な存在なのでしょうか。文部科学省は2022年に全国から抽出した学校の教員(学級担任)を対象として「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」を実施しました[1] 。その結果によると、義務教育年限の小中学校において、学習面又は行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒の割合は8.8%にのぼりました。ほぼ同様の調査が2002年と2012年にも行われましたが、いずれも6%台であったことを考えると、数値の上昇が明らかです。
この結果を単純に受け止めると、発達障害児がこの10年で急増しているとみなされる恐れがありますが、必ずしもそうとは限りません。そもそもこの調査では、調査項目を作成する際に、LDやADHD、ASDといった発達障害のスクリーニング検査等を参考にしてはいますが、発達障害の診断の有無に関わらず、「支援を必要とする」という観点で調査をおこなっているため、発達障害と診断されていない子どもも含まれています。
また、2007年に特別支援教育が開始されてから発達障害に関する教員研修がすすみ、以前は、本人の怠けや躾の不十分さと考えて見過ごしてきたものを、障害特性に起因する困難さであると教員が受け止めるようになってきたことも数値の上昇に関与していると思われます。
さらに、障害の有無に関わらず、子どもを取り巻く文化や環境がこの数十年で様変わりして、他者とのコミュニケーションの取り方や集団適応、文字情報への親和性の変化が結果に影響している可能性があり、多角的な視点でこの結果を考察する必要があります。いずれにしても、支援ニーズのある発達障害あるいはその周辺児は、非常に身近に存在しているということであり、適切な支援や指導の充実が喫緊の課題であることは言うまでもありません。
支援ニーズの存在が明確に示されたことや、一般に発達障害が周知されたことは、当該の児童生徒にどのような影響を及ぼすでしょうか。正しい周知や支援ニーズの存在が明らかになることは、適切な支援につながる可能性が高まり、望ましいことだと言えます。その一方で、必ずしも正しい理解に基づかない情報も広まっているようです。SNS上では、かなり軽々に発達障害児への支援について語る投稿者が散見されます。玉石混交の投稿の全てを否定するものではありませんが、SNSが手軽な情報入手手段となってしまい、不正確な知識が伝わるリスクが考えられます。また、若者を中心として発達障害を自称する者も出てきているようです[2] 。インターネット上には、発達障害を自己診断するような情報もあるため、医師による正式な診断がないにも関わらず、自身の苦手さなどから推し測って発達障害を名乗っている例もあるということです。
困難さへの支援に、必ずしも診断が必須というわけではありませんが、発達障害を名乗ることが、何らかの免罪符のようになっては、発達障害に対する世間の印象は歪んだものとなり、本当に支援を必要とする者が誤解されてしまうことにもなりかねません。発達障害が広く知られるようになった現在、次代への課題として、正しい知識のもと、発達障害の困難さに対しては適切な教育的支援を、強みとなる能力に対してはさらなる能力向上と活用を示すことができる社会が期待されます。