前回の話では、皆さんはどうやって学校の先生になったかについてお尋ねし、多くの方が、大学を卒業して「教師」になるコースを辿ってきたという話をしました。大学は「知」の集合体です。私も教員養成学部を卒業して、一度は「教師」になる道を目指しましたが、その後、研究の道に進みました。そこで、当時文部省官僚として入省しながら教科調査官を経験された恩師の先生に「教員養成に関わる研究の道を進むなら専門を持たないといけないよ」と言われました。これが、日本の教員養成システムにおける根幹に位置づいている考え方だと思います。
もう少しわかりやすく言うと、どうやって学校現場で、授業をうまくできるかについて大学に学びに来たのに、なんで教育現場にも関係ない教科や教育に関わる専門的な内容を聞かないといけないのかと一度は思ったことはないでしょうか。教員養成大学・学部を卒業した方、一般大学を卒業した方は、いずれも大学で専門的な教科の内容(専攻した学問分野の内容)を学び、それとは別に教授法(教育法)に関する授業を履修します。すなわち、学校現場では、算数や国語、理科等の授業をする時に、教科の専門的な内容について学ばせながら、その場面でどうやってこども達に理解を深めさせてあげられるか、やる気を起こさせてあげるかについて実践するのに、自分が「教師」になるための学びでは別々に学ぶのです。
これは、学び手側からすると、よくわからない専門的な内容と教科の教え方を別々で聞かされて、自分の中でそれを咀嚼して、授業に落とし込むことを考えないといけないので、かなり難易度が高い学びということになります。まるで、現在の教育観にある資質・能力育成において、知識(専門的な内容)と技能(教科の教え方)を別々の場面で提示され、実際の活用場面でいきなり考えてやってみて下さいと言われているようなものです。そんなまだるっこいことをしないで、教科や教育に関わる本質(学問)をどうやって捉えるかを授業で考えさせてくれて、それを児童や生徒にどうやって理解させ、面白くさせるか(学び方)について考えさせてくれるような授業があると本当にいいですね。「教師」になるための仕組みにおける永遠の課題かもしれません。
また最近では、学校での教科の学びに取り組む前に、子どもの学ぶ意欲の低下や学びに取り組む態度、社会との関わり、いじめや不登校等の基本的な問題についても重要になってきていますので、「教師」になるための教員養成の学びについてはますます課題が多くなっています。