Vol.159キャリア教育を考える ②

2019.09

 東京都が舛添要一知事のもとで平成25年度から進めてきた、「都立高校生の社会的職業的自立支援事業」に、わたしも評価委員長として関わってきました。現在この事業が対象としているすべての都立高校普通科(129校)・チャレンジスクール(5校)・ 新たなタイプの昼夜間定時制高校(4校)は合計138校あります。このすべてについて、東京都教育庁教育支援部生涯学習課に登録している100近い団体(教育系の企業、社団法人、NPO法人など)が、さまざまな教育プログラムを用意しており、各高校の求めに応じて、出前授業を行っています。東京都が、これらすべての出前授業の講師料を出して事業を支援しています。途中の29年度には、専門高校4校(2つの商業高校と2つの工業高校)でもプログラムを実施しました。

 プログラムの内容は、50分の授業を1つか2つ行うタイプがほとんどですが、中には数ヵ月にわたる探究型のものもあります。数ヵ月のプログラムは、通常はプログラムの指導を教員がおこない、ポイントごとにプログラム提供団体から指導者が来て指導するケースがほとんどです。
 団体名や実施校名は匿名として、いくつかの活動を簡単に紹介します。

【A団体 演劇的手法を使ったキャリアイメージの形成】

 様々なプログラムを持っているが、今回は進学校の要請に応じ、カスタマイズしたプログラムを行った。演劇的手法を取り入れ、2つの演劇を見せた。
 一つ目は、卒業後に地方の大学に進学したときに、一人暮らしをするとどれくらいのお金がかかるのか、社会人の兄と高校生の妹の会話を劇で表現した。家庭の中にある果物を、ひとつあたり10万円に見立てて、年間で家賃は果物いくつ分か、光熱費、学費、交際費などはどうか、ということをわかりやすく伝えていた。

 二つ目は、将来研究者になった場合、男性研究者の生活、女性研究者の生活について、ちょうど女性が学会賞を受賞した後に、偶然再会した元恋人(やはり研究者で、海外の研究機関の研究者をしている)どうしの会話という形式で、紹介した。
 この高校はスーパーサイエンスハイスクールにも選ばれているので、生徒のプレゼン能力を高めるにも、実は演劇的手法が有効だそうである。高校では課題探究型の授業内に位置づけている。

【B団体 漫才からコミュニケーションのスキルを学ぶ】

 50分の授業枠を2つ使い、コミュニケーションにおけるアイコンタクト、印象づくり、柔軟な発想力、などの大切さについて、実際のミニ漫才を通して伝えるもの。
 また、生徒たちもミニ漫才を作ってみて、講評をもらったり、講師の体験談を聞いたりした。若手の漫才師の実際の体験談を聞くことで、生徒も自分自身の人生や将来について考えるきっかけとなることも意図されている。

 非常に個性の豊かな漫才師が、日本の集団生活においてどのようにうまく他者とコミュニケーションをとるのか、笑いを交えてわかりやすく伝えている。
 さらに、高校の先生方もミニ漫才を即興で作ったものが、とても上手で、生徒たちにとっても、コミュニケーションのプロとしての先生方の熟練ぶりや、教師という仕事がいかに話す技術を身に着けた仕事であるのかが明確にわかるのに良い機会となっていた。

【C団体 さまざまな職業人からリアルな話を聞きだすインタビュー】

 工業高校で実施したプログラムでは、クラスごとに異なる職業の方がファシリテーターとペアになって生徒に説明したり、逆に生徒からのインタビューでの質問に答えたりして、対話型で進めていた。工業高校であるため、講師に選ばれてきた方々は、自動車メーカーのベテランエンジニア、建物の外装・外構工事会社の社長、ブルーカラー労働者の求人情報誌の編集業者、ソフトウェア開発業者、など生徒のキャリア形成に関連が深そうな多様な人材であった。学歴も、高校中退者から東大卒業者まで、多様であった。

【D団体 有名企業が本気で困っている問題の解決案を出す】

 探求型プログラムで、授業の中で先生が通常指導をしつつ、団体からも随時指導者が来るタイプのものである。
 さまざまなタイプの探究ミッションがあるが、私が視察したのは、企業に関する探究であった。高校生が5人程度の班に分かれ、有名企業が出してきた、本気で困っている問題に挑戦し、解決策をプレゼンする。優れたプレゼンテーションは、全国大会に出ることもできる。プレゼン時間は予選で7分、本選で10分である。企業からのお題を紹介する。
 大手家電メーカーからは、「これからの家族の幸せを作り出す、わが社の新商品を提案せよ!」というものであった。  高校生のある班は、「御社のAI技術を使い、幸せをシェアできる本を作れるアプリを120円で販売し、親子の思い出を500円でミニ本に印刷もできる。家族の会話も促進される。」というアイディアを出していた。
 また、大手通信会社からは、「一人ひとりを見つめ“本物のつながり”をカタチにした社会課題解決プロジェクトを提案せよ」という課題が出され、ある班は、「あそび割引のポイント制度を作り、親子が旅行などの体験型活動を行うと、ポイントが付与される」というシステムを提案していた。
 このほかに、あるテレビ局からは、「人間の勇気を掘り起こすテレビとネットの枠を越えたありえへんメディアを提案せよ!」など様々な課題が出されていた。
 現実に企業が悩んでいる問題に、高校生のうちからチャレンジし、柔軟な発想で解決策を提案することで、発想力やプレゼン力、社会を見る力なども高まると考えられる。

 今回は、100余りあるプログラムの中の、ほんの一端ですが、紹介させていただきました。次回も引き続き、いくつかのプログラムを紹介させていただきたいと思います。

東京学芸大学教育心理学講座教授
東京学芸大学附属大泉小学校校長
杉森 伸吉
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