Vol.131「非認知能力」と次世代教育のあり方①
非認知能力とはなにか 

2018.12

 昨今、様々な領域で登場するようになった「非認知能力」という言葉。英語の”Non-cognitive Skills”の訳語として2000年以降に輸入され、新学習指導要領にも盛り込まれた、世界的な流行語です。ただし、その使われ方はあまりにも多岐にわたっていて、何を意味しているのか正確に理解されているとは言いがたい現状があります。時には「生きる力」「粘り強さ」のような人間の根源的な力能を表し、「自主性」など個人の主体的な営為や動機づけに関連させ、または自己肯定感のような心的な自己イメージ、さらには他者との協調やコミュニケーション能力など社会的行動に関連した特性としても提示されており、統一感がありません。

 なぜこのようなことが起きるのでしょうか。一つには、この非認知能力という語が、「認知能力(Cognitive Skills)」の対義語として成立したという背景があります。認知能力とは学校の試験や既存の評価軸、IQテストなど数値化の可能な能力のことで、その偏重に対して批判が集まりつつあるなか、それ以外の資質や能力にも注目すべきだ、という発想が広がります。いわゆる詰め込み型教育や偏差値教育のような、一元的な評価軸で子どもたちの能力を判定することへの疑問がこの流行を生み出したといえます。そのため、それぞれの論者が認知能力以外で重要な能力と捉えるものを強調する際、その内容はバラバラでありながらも、非認知能力として提示してしまう傾向があります。

 このような混乱を防ぐためには、「個人」と「社会」という二分法的発想から抜け出す必要があります。社会学では「個人」を、多様な関係性の渦(社会)が生み出す結節点であり、実体として切り離すことが不可能なものとして描いています。したがって非認知能力を、「個」と「社会」に対応する別個の能力として捉えるのではなく、関係が生み出す複雑なネットワークにおいて、状況に応じて柔軟で強かな対応が可能となる人間の能力や心的資質、と包括的に捉えることが大切です。このことを「社会情緒的コンピテンス」と言い換えることができます。

 一方で、「能力」という言葉にも注意しなければいけません。「能力」なのだから、マニュアル化の可能な指導や訓練があると勘違いする危険性があります。上記のように「コンピテンス(多様な課題に対して解決へと向かう資質や力量)」として捉えることで、特定のスキルを獲得するという発想から、子どもたちの持つ多様な資質に対応し、彼らが他者との関係を豊かに構築していく力を自ら育んでいくプロセスをサポートすることへと発想を転換することが可能となるのです。

 第二回では社会情緒的コンピテンスの内実に迫ります。

東京学芸大学准教授 小西公大
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