Vol.299カリキュラム・オーバーロード①
ーカリキュラム・オーバーロードとは何かー

2026.08

 カリキュラム・オーバーロードという言葉が日本語文献に現れるようになったのは2020年頃からです。国の有識者検討会でも使われています(今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会「論点整理」2024年9月18日)。
 言葉の定義はどうなっているか。図表1には、3人による4つの説明を載せています。白井俊は、旧文部省からOECDを経て、文部科学省では2017年に教育課程政策を担当しました。奈須正裕と大森は、いずれも大学の教育研究者です。論者により説明に違いがありますが、ここでは共通点に注目しておきます。3点になります。

第1、教育課程の子どもへの過大な負担を問題にしていること。

第2、2017年に公示された小中の学習指導要領(以下、2017学習指導要領)下の学校をカリキュラム・オーバーロードと判断することが論の前提になっていること。

第3、ある学校の教育課程が、いかなる条件を満たせばカリキュラム・オーバーロードと判断されるのか。まだ明確な判断基準の説明はないことです。

 判断基準がないのに、なぜ2017学習指導要領下の学校をカリキュラム・オーバーロードと判断しているのか。この点については、相対的な判断がなされています。2008学習指導要領(小中)から削除した内容基準は1つもありません。2017学習指導要領下の学校は、誰がどう見ても、カリキュラム・オーバーロードの状態にある。そうした教育界で共有されている実感を背景にしています。

 より的確な判断をするために、授業時数に着目をして、教育史的な整理をしてみます。小学校は1968年から、国が標準時数を定めて、学校がそれにもとづき授業時数を決める仕組みがとられています(中学は1969年から)。標準時数の変遷は、「平日1日時数」によって把握できます。 図表2の「小6」からは、次のことがわかります。

 1968標準時数のとき5.8時間。子どもたちは、ほぼ毎日6時間授業でした。これを「肥大型標準時数」と呼んでおきます。当時、数学者の遠山啓が、「肥大なカリキュラム」が2つの弊害を招いていると批判をしました。まず、多くの子どもが教育課程についていけなくなっている。次に、なんとかついていっている子どもも、上から注入される内容を消化するのに忙しくて、自分の頭で考える習慣が持てなくなっている。
 この遠山の言葉が、国と現場と研究者の共通認識になって、1977標準時数のとき5時間になります。これを「第1次ゆとり標準時数」と呼ぶことにしています。

 1989標準時数のときも「第1次ゆとり標準時数」が踏襲されました。
 1998標準時数のとき5.6時間に増えます。この時は、学校5日制と総合的な学習の時間の導入があり、国も教科の標準時数の削減に努めましたが、2つのことを同時に進めるには、削減幅が足りませんでした。これを一応は「第2次ゆとり標準時数」と呼ぶことにしますが、現場の事実は「ゆとり」とは離れていきました。
 2008標準時数のとき5.8時間になりました。外国語活動が導入されたからです。1968標準時数のときと同じことをふまえ、「肥大型標準時数」の再来と押さえます。
 2017標準時数のとき6時間になります。外国語科が導入されたからです。「肥大型標準時数」がスケールアップして踏襲されました。

東京学芸大学
大森 直樹
【引用文献】
図表1
白井俊(2020)『OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来』ミネルヴァ
白井俊(2021)「カリキュラム・オーバーロードをめぐる国際的な動向」奈須正裕編著『「少ない時数で豊かに学ぶ」授業のつくり方—脱「カリキュラ ム・オーバーロード」への処方箋』ぎょうせい
奈須正裕(2021)「あとがき」『「少ない時数で豊かに学ぶ」授業のつくり方』
大森直樹〔編著〕永田守・水本王典・水野佐知子〔著〕(2024)『学校の時数をどうするか』明石書店
図表2
大森「シンポジウム報告-学習指導要領改訂にどう向き合うか」『公教育計画研究』2024:88
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