Vol.194ソーシャル・キャピタルと教育 1

2020.09

 世の中には、お金には代えられないものがある、と言います。私たちはふだん、あらゆるモノやサービスをお金と交換しています。この交換は、いわば私たちの日常そのもののように思えます。では、道端で倒れている人に手を貸すことはどうでしょう?あるいは、大切な人に日々の喜びを伝えることは?きっと、お金はいらないと思うのではないでしょうか。一方、もしあなたが手を貸してもらったり、喜びを伝えられた側の人であったならば、私も同じことを誰かにしたい、と思うのではないでしょうか。どうも、これらの率直で、強い気持ちを伴った行動は、お金とは直接交換し難いようです。お金を受け取ると変な気持ちになるのですから、まったく不思議なものですね。

 さて、こうした不思議なものについて考えるために、本稿では『ソーシャル・キャピタル(social capital)』という言葉を用います。ソーシャル・キャピタルは、日本語で社会関係資本、巷では『つながりの力』と呼ばれています。ソーシャル・キャピタルは、社会科学一般で用いられるためにあらゆる定義がありますが、たとえば芳賀・高野・羽生・西河・坂本(2016)は、Coleman(1994)等を参考に『コミュニティにあたかも経済資本のように蓄積される社会的資源の利用可能性』と定義しています。名前に『資本』が付与されているのは、人々のつながりの形成と利用をお金の貯蓄と投資に例えることで、逆説的にお金との違いやお金に代え難いその価値を示そうという試みであると考えられます。

 一般にソーシャル・キャピタルは、信頼、互酬性(の規範)、ネットワーク他の特徴をもつといわれます。これらの特徴をもつ社会関係が豊かな地域では、より多くの人が、冒頭の話のような率直な気持ちを表しやすいでしょう。たとえば、『情けは人のためならず』という互酬性の規範を表した諺がありますが、これはご存知のように、他者に尽くす行いが巡り巡って自分に返ってくるという意味です。これがかいしゃしている地域では、困っている人に対しより手を貸したり、喜びを他の誰かと分かち合うと考えられます。

 また、ソーシャル・キャピタルの蓄積には、各々の地域性が影響します。たとえば、埴淵・市田・平井・近藤(2007)は、古くからある町では、住民同士の交流や、互助的な慣習、公式/非公式のネットワークが脈々と続いていることを実証的研究により示唆しています。たとえば、地域のお祭りは、それが顕在化しているものとして理解できるかもしれません。

 そして、脈々と続く地域のソーシャル・キャピタルは、教育にも影響します。地域の大人達が互酬性の規範を子ども達に伝え、その子ども達が更に孫達に伝えます。それが繰り返されることで、ソーシャル・キャピタルの豊かな地域は醸成されていくのかもしれません。

[引用文献]
Coleman J. S. (1994). Social capital, human capital, and investment in youth. In A. C. Petersen & J. T. Mortimer (Eds.), Youth unemployment and society. pp.34–50. Cambridge University Press.
芳賀道匡・高野慶輔・羽生和紀・西河正行・坂本真士(2016). 大学生活のソーシャル・キャピタルと主観的ウェルビーイングの関連 心理学研究, 87, 273-283.
埴淵知哉・市田行信・平井 寛・近藤克則(2007). ソーシャルキャピタルと地域コミュニティの歴史:旧版地形図を利用した大規模アンケートの分析 GIS-理論と応用, 15, 11-22.

日本大学文理学部人文科学研究所
研究員 芳賀道匡
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