Vol.290データで見る気象と気候①
暑さと蒸し暑さ ~湿球温度でみる東京の暑熱環境~

2026.02

 地球温暖化やヒートアイランド現象により、学校現場を含め、われわれの生活の中で熱中症のリスクはますます高まっています。「今日の最高気温は40℃、体温よりも高くなる予想です」と言われたら確かに危険ではあるのですが、気温を体温と比較することは必ずしも正確ではありません。なぜなら、暑さの指標である気温が同じであっても、空気が乾燥していれば汗をかき蒸発熱によって体を冷やすことができるからです。逆に空気が湿っている蒸し暑い環境では汗が蒸発しにくく体を冷やすことができません。蒸発熱によって何℃まで体を冷やせるかは、気温だけでなく湿度によっても変化します。このように蒸発によって冷やすことができる温度を測定するのが湿球温度計です。中学校の理科で出てきた、アルコール温度計の球部を湿った布で包んで計る温度のことですね。気温が40℃であっても空気が乾燥していれば湿球温度は体温よりも低くなります。逆に空気が湿っていて湿球温度が体温を超えた場合は、日陰に入って風通しをよくし汗を十分にかいても体温を低く保つことができなくなります。気温が「暑さ」の指標であるとすれば、湿球温度は「蒸し暑さ」の指標と言えるでしょう。暑熱環境における体感温度は気温よりも湿球温度に近いことが知られており、体温から少し余裕を見て湿球温度35℃が人間の適応限界と思われてきました。しかし最近の研究では31℃が限界という結果が出ています。ちなみに環境省が発表している「暑さ指数」も、湿球温度に重点を置き、日射などの影響を加味した指標です(本当は暑さというよりは蒸し暑さですね)。

 そうなると、日本の夏の湿球温度がどの程度の値なのか知りたくなりますね。当研究室では他大学と共同で環境省による受託研究(環境研究総合推進費JPMEERF20242001)として気象庁による過去の観測データを解析しました。東京都心において過去9年間(2015~2023年)で最も気温が高かった日は2018年7月23日で、最高気温は37.4℃、最高湿球温度は26.7℃でしたが、湿球温度が最も高かった日は2020年8月15日で、最高気温は35.4℃、最高湿球温度29.5℃でした(統計のため1時間ごとの値を用いていますので、気象庁が発表する最高値とは厳密には一致しない場合があります)。2020年8月15日は気温がそれほど高くないにもかかわらず湿球温度が高くなっていますね。人間の適応限界とされる31℃まで1.5℃しか余裕がありません。このように湿球温度の違いが生じた原因は、風向きの違いです。下の図は左に12時の気温、右に湿球温度を示しています。どちらの図にも風を表す矢印を重ねています。関東平野に南風が吹き込んでいますね。このような場合、気温は内陸のほうが高くなりますが、海から湿った空気が流れ込んでいる沿岸で湿球温度が高くなっています。つまり、海に近い場所は、それほど暑くはないけど蒸し暑い、ということになります。図は省略しますが、逆に2018年7月23日のように気温が極端に高い日は北西の山地を吹き降りる風により空気は乾燥しているのです。そのため、気温は上がるものの、カラッと暑いけど蒸し暑くはない、ということになります。海の近くは涼しい、というのは、暑さでみればそうですが、蒸し暑さでみると必ずしも正しくはないのです。

 学校の理科の授業での湿度の測定には、昔から湿球温度計が使われています。理由としては、低コストで簡単に測定できる、蒸発熱の原理を理解するのに役立つ、気温と湿球温度の値から湿度を求めるというデータ処理の練習になる、などが考えられます。一方で、体感温度との関連については、従来あまり意識されることがなかったように思います。学校現場ではデジタルで気温と湿度を表示してくれる現代的な機器も使われるようになってきていますが、気温は暑さの指標、湿球温度は蒸し暑さの指標と捉え直すことで、湿球温度計を用いた伝統的な気象観測に現代的な意味を付け加えることができそうです。

東京学芸大学 佐藤尚毅
【参考文献】
Sato, et al. (2026), JMSJ, 104, 9, doi:10.1007/s44394-025-00010-3.
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