宿題にはその内容によって様々な目的があります。私たち教師が一般的に宿題と呼んでいる「音読、計算、漢字等」にも目的があります。それは、授業だけでは覚えられない知識を反復することで身につける、繰り返すことでさらに質を高めるという「知識の定着」です。特に漢字などは一回で覚えることは困難です。繰り返し練習することで定着を図るべき知識と言えます。一度知識として身についたものは大人になっても覚えているので、生涯にわたって漢字を読み書きできるという利点があります。
さらにこの「音読、計算、漢字等」を宿題にする目的としては、管理のしやすさも挙げられるでしょう。宿題を出す教師にとっては、ドリル等を使えば未提出者の有無、内容の丁寧さなどが一目瞭然であり、丸付けも簡単です。また、宿題をする側の子どもの保護者にとっても、達成すべきものがはっきりしていて、進捗状況がすぐに分かるので「やりなさい」「これをやっていない」など声掛けがしやすく、仕事で忙しくてずっとそばに付いていられなくても特に大きな問題がなく済むのです。
ただし、この類の宿題には欠点も存在します。それは、多くの子どもたちにとって意欲的に取り組めるものではないということです。宿題をさせるのに困難を感じる保護者が数多くいることも家庭学習の充実が課題として言われている状況から察することができます。私が父親の視点で子どもが宿題をする姿を見ていても、宿題の中身云々ではなく、先生に、母親に怒られたくないからやっているようにしか見えないことの方が正直多いです。
さて、これまで述べてきた「音読、計算、漢字等」の宿題の目的について、そのメリットが「知識の定着」であると紹介しました。しかし、このメリットについては、これから求められる教育との整合性という点で検討の余地があると感じています。知識を確実にすることはとても大切なことです。しかし、新学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」という大きな柱が打ち出され、「何を学ぶか」という知識の習得で終わっていた昨今の教育からの脱却が大きく掲げられています。宿題についても、”知識の定着のみ”を目的とすることから、次のステージへ進むことが求められているのではないでしょうか。