心理学者の榎本博明が記した「自己肯定感という呪縛」(青春出版社2021)という本の中で、ある自治体の校長先生たちにとったアンケート結果が掲載されています。例えば下のようなものです(グラフ作成は小野田による)。 榎本は自尊感情を育む教育の推進とともに、子供をほめなければいけないという意識の強まりが生じていることを指摘しています。「ほめなければいけない」という空気の強まりは、どこから来るのでしょう。
東京都教育委員会は、慶應義塾大学と連携し、2008年度から5年にわたって「自尊感情や自己肯定感に関する研究」(2013)を行いました。研究の背景として「他者との人間関係をつくることが不得手になっている子供が増え、そのことがいじめや不登校などの問題の一因になっている」ことが挙げられています。社会において、子供たちが自分の未来を切り開いて生きていく上で、他者とより良い関係を構築する力は必要であり、そのために自分のよさを肯定的に捉える自尊感情を高めていくことは重要、としています。子供たちが社会と関わりをもちながら生きていくための土台として、自尊感情に着目したのです。報告書では、自尊感情を高める指導として、個々の思いや表現を認めていくことが挙げられています。「ほめなければいけない」という空気の源流の1つには、こうした要請があったことが推測されます。
自尊感情と言われると、1つの感情のような印象をもちますが、近藤卓(「基本的自尊感情を育てるいのちの教育」金子書房2014)は、自尊感情には、他者との相対的な優劣に依存する「社会的自尊感情(SOSE)」と、他者との経験と感情の共有体験に依存する「基本的自尊感情(BASE)」があることを示しています。「社会的自尊感情」は、他者との比較に依存するため変動的ですが、「基本的自尊感情」は、共有体験に依存するため、一度形成されると容易には崩れないそうです。近藤は、基本的自尊感情を心の基盤を支える感情として位置付け、下のように自尊感情の類型化を試みました。
注目したいのはSbタイプです。このタイプは、他者との比較において認められることが多いものの、経験や感情の共有体験が乏しく、不安定な自尊感情となっています。近藤は「一触即発の、危ない橋を渡っている状態」と表しています。
自尊感情は複合的で、ほめるだけでは安定したものにはならないようです。どのように子供たちと関わっていくのが良いのか、今一度考えてみたいものです。