Vol.124現代の子どもの食生活②
食事と人間関係の育ちについて

2018.09

 筆者がお弁当持参の中学校の養護教諭として勤務していたときの出来事です。朝、遅刻してきたA君は、10時半頃登校し、教室へは行かずにまっすぐ保健室にやって来ます。「先生、朝ごはん食べていい?朝、起こしても起きないからって、母さんが腹を立ててもう朝ご飯つくってくれないんだ。今日もパンを買ってきた。」とのこと。そして食べながら、急に涙ぐみ、「自分さえいなければ、お母さんはもっと幸せだったかもしれない。」と言うのです。単純に朝ごはんを作ってもらえなかっただけの問題ではないようです。食べている傍に行き、「おいしそうなパンね。」と見ていると、必ず子どもは「先生も食べる?」と分けてくれます。不思議なもので、子どもに私の食べているものを分けてあげたり、子どもの食べているものをちょっともらったりして、同じものを一緒に食べ、「おいしい」を共有しながら話すと、子どもと大人との距離が一気に縮まり本音がどんどん出てきます。そして、最後は必ず、子どもから「もうちょっと親に話してみる」という積極的な考えがでてくるのです。

 昨今、楽しいはずの給食の時間に、保健室に逃げてくる子どもが多く見られます。友達関係に悩んでいる人、家族関係に悩んでいる人など何らかの人間関係に躓きがあると、食欲が低下したり、周りの仲間と集団で食べることに精神的負担を感じたりするようです。逆に、多少悩みがあっても、ご飯が食べられるうちはまだまだエネルギーがあると考えられます。食べるということは、単に生命を維持し、体をつくるために栄養を得るだけでなく、人との関わりのエネルギーにもなっているということを子どもたちの姿を長年見てきて、痛感しました。

 最近では、子どもたちの孤食(個食)が問題となっています。家庭で一人きりでご飯を食べていたり、あるいは家族がいるのに、それぞれが好きな物を好きな時間に食べていたりするという現状があるようです。しかし、子どもは、一緒に食べてくれる大人がいて、食べているところを見守ってくれている大人がいて、安心し、誰かと関わる力をつけていきます。一緒に食べる、そして語るということの力を改めて考え直し、保護者に限らず、子どもの周りにいる多くの大人が、子どもたちの食べる姿を見守り、共に食べ、共に語り合う場をつくっていく必要があると思います。

東京学芸大学准教授 佐見由紀子
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