Vol.195ソーシャル・キャピタルと教育 2

2020.09

 ある中年の大学教員が話すことには、昨今の感染症騒ぎで、大学におけるつながりが一気に失われたとのことです。受け持っていたある学生のSNSには「オンライン化で教員へのアクセスは容易になるだろうが、偶然性の欠如で存在が遠いものになったな。髪型変わりましたねとか、バタイユに飽きたとか、酔うとアイスクリームを食べちゃうとかどうでもいい話がしたいんだよ私は。」* と、つぶやきがあったそうです。これらはまったく授業とは関係がない話題という点ではいわゆる無駄話でしたが、その偶然性が良かったのだといいます。「…そうした刹那にある偶然性とのつながりを、知らないうちに私はすっかり失ってしまったよ、参った、参った。」彼は肩を落とし、元気のない笑いをしながらそう話しました。

 ソーシャル・キャピタルは、大学を1つのコミュニティとして捉えることで、大学の教育環境を分析するためにも用いることができます。大学の場合、キャンパス内のネットワークを大きくもつ学生は、最終的な学業成績が良いことが示されています(Martin, 2009)。また、ソーシャル・キャピタルが豊かな大学では、他校に比べて学生が精神的に健康であり、生活に満足しており、卒業する学生の割合が多いことが示されています(芳賀・高野・羽生・西河・坂本, 2016 ; 芳賀・高野・坂本, 2021 投稿中)。つまり、学生が教育の場へと軟着陸するためのクッションとして、ソーシャル・キャピタルは機能すると考えられます。さらに、大学のソーシャル・キャピタルは、学生に対する学習のサポーターの配置や不適応のリスクの高い学生の情報共有、学生間のネットワーク作りの機会提供によって豊かになることも示唆されています(芳賀・坂本, 2020)。したがって、大学の教職員の取り組みが活発な大学では、学生はソーシャル・キャピタルをより認知しており、大学環境へより適応していると考えられます。

 さて、こうした大学のソーシャル・キャピタルは、はたして昨今の感染症騒ぎ下ではどのようになっているのでしょうか。オンラインのみにおける授業でも、先述の教員は学生とのコミュニケーションを積極的に行っているようです(教員によって異なるかもしれません)。学生間では、二年生以降であれば元々知り合っている仲間や知人と協力しているようですが、一年生や、元々仲間や知人がいない学生で、かつ学習の習慣を確立していない学生は、より苦労している可能性があります。オンラインで授業を受ける大学生活でソーシャル・キャピタルを豊かにするには、まだまだ課題がありそうです。

*ヒントとなるつぶやきの主から、承諾を得て使用しました。

[引用文献]
Martin, N. D.,(2009). Social Capital, Academic Achievement, and Postgraduation Plans at an Elite, Private University. Sociological Perspectives, 52, 185-210.
芳賀道匡・高野慶輔・羽生和紀・西河正行・坂本真士(2016). 大学生活のソーシャル・キャピタルと主観的ウェルビーイングの関連 心理学研究, 87, 273-283.
芳賀道匡・坂本真士(2020). 大学のソーシャル・キャピタルが制度的ネットワークから受ける影響-23大学への調査から- 日本大学心理学研究, 41, 1-13.
芳賀道匡・高野慶輔・坂本真士(2021 投稿中). 大学のソーシャル・キャピタルと卒業、大学満足感の関連 日本大学人文科学研究所紀要

日本大学文理学部人文科学研究所
研究員 芳賀道匡
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