Vol.164水辺に生きる①
「つながりの水辺」

 今回は「水辺に生きる」と題し、いつも私の隣にある“水辺”を3つの角度からご紹介したいと思います。 第1回は、私のフィールドである北海道北部の水辺をエッセイでご紹介します。

 道北のゆるやかな湿原河川は、ミズバショウが一斉に咲く雪解けを過ぎると、短い夏を迎えます。冬の間、雪の重みで倒れていた水辺の植物たちもすっくと立ち上がり、生命力に溢れる森。林道から青いにおいが煙る森へと入り藪漕ぎ※注1)を続けると、森の中を流れる小さな川に出会います。周りの木々や土と一体となっているような穏やかな川の音。ひんやりとした空気を一層纏った水辺に立つと、清涼感と開放感に包まれます。

 初夏から秋にかけて、川の中を上流へと歩くのが私のライフワークです。
さわさわ。ガサガサッ。川岸の植物が鳴る音がきこえます。風で揺れる植物の音であるときもあれば、動物の動きによる音のときもあります。近くにエゾシカやヒグマがいるときは、獣のような“野生”の匂いが漂い、理屈ではない動物としての感覚を揺さぶられます。そっと息をひそめ、植物の陰に身をひそめます。こんなとき、私も動物なんだなと実感します。
 水辺にある動物の足跡や植物の食み跡からは、訪れた動物を思い描くことができます。キタキツネ、タヌキ、アライグマ、エゾシカにヒグマ… たくさんの動物たちが水辺を利用します。

 夏は川がもっとも活気づく季節。
しばらく川を歩いたら、川の中をのぞいてみます。川辺に寝転がりそっと川の中を観察するもよし、水中めがねをつけてそのまま川に顔をつけるもよし、防水カメラで撮影してみるもよし。
川岸の木の根や水際の植物の下には、まだ小さいイトウやヤマメの稚魚が身を隠しています。深い淵に横たわる倒木の下には、ウグイやサクラマスの群れが休憩中。水際の植物や水中の倒木は、生き物の隠れ場や休憩場、避難場になっているのです。

 日が陰り夕刻に近づくと、カゲロウなどの昆虫を狙って魚が跳ねる音がきこえてきます。川に生息するサケ科魚類は、水中の水生昆虫だけでなく、河畔林や川岸の植物から落ちてくる陸上の昆虫がとても大切な餌です。夏季のヤマメの餌を調べてみると、実に90%程度が陸生昆虫で占められているときもあります。水中に棲んでいる魚も陸からエネルギーをもらい、逆に陸にいる動物も水中からエネルギーをもらい生きています。森と川にすむ生き物は互いにつながり、そのエネルギーは循環しながら多種多様な生き物の暮らしと空間を支えているのです。

 こんなふうに生き物に囲まれ、心地よい川の音や森のにおいに包まれて過ごすと、私の体や心は川や森に溶け、じんわりと満たされてゆきます。
みなさんも、森を流れる川を歩いてみませんか?

 次回は、道北を中心に行ってきた回遊魚の生態研究の一端をご紹介します。

東京学芸大学環境教育研究センター 専門研究員
教育学部非常勤講師
鈴木 享子
※注1)藪をかき分けて進むこと。
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