Vol.158キャリア教育を考える ①

2019.09

 東京都が舛添知事の時代から推進している、「都立高校生の社会的・職業的自立支援教育プログラム事業」において、東京学芸大こども未来研究所と東京学芸大学との三者協定を結んでまいりました。その中で、このプログラム評価委員長として4年余りかかわってきました。すべての都立高校の普通科で、様々なプログラムを実施していますので、紹介したいと思いますが、今回は初回なので、そもそもキャリア教育をどう考えているかについて、私見で恐縮ですが、述べたいと思います。

 キャリア教育は、幼児教育や小学校から大学まで、幅広い年齢層で行われています。そのなかで、長い人生を意識した長期的な教育プログラムから、次の段階(進学や就職)を目指す短期的な教育まで、幅広くキャリア教育が行われています。実はずっと長い間、キャリア教育という発想には、漠然とした、不自然さ、違和感を持っておりました。今回の執筆機会を頂戴して、その違和感の根元を見つめてみる時間が持てました。その結果、大きく分けて2つの素朴な信念や思い込みを持っていたことに、気づかされました。

 一つめは、「自分の人生の歩みかたは、教えてもらうべきものではなく、自分で調べ考え、自分で決めるべきものだ」という素朴な信念でした。
 一人の人が生きるということは、たいへんな重みを持つものであり、どんな人生を歩むかは、一人一人が真剣に考えて答えを出して、チャレンジするものだということです。一回限りの人生を、誰かに教わった生き方で過ごすのではなく、自分らしく生きるべきではなかろうか、という思いです。

 二つめの素朴な思い込みは、「人生をどう歩むかは、学校よりも、まずは家庭を含む地域社会や保護者を見て学ぶことではないか」ということです。
 実際のところ、身近な大人の影響は非常に大きいと思います。日常的に接する職業人としての大人を見ることで、その職業に就いたときの生活の実態を垣間見ることができます。心理学の社会的学習理論ではモデリングと言って、身近にいる人の実際の振る舞いが、それを観察する人に、大きく影響することが知られています。その大人の職場が別のところにあり、仕事ぶりは直接観察できない場合でも、仕事についてその大人がどのように話しているか、誇りややりがいを感じているか、その仕事が好きそうかどうか、について日常的に子どもが感じとる中で形成される、その特定職業に関する具体的なイメージが、「自分もこの仕事をやってみたい(あるいは、やってみたくない)」という仕事への意欲や、「自分にもこの仕事が出来そうだ(あるいは、出来そうにない)」という自己効力感に結びつくからです。

 しかし、この2つの思い込みを意識した瞬間、「現状ではこれら2つのいずれも満たされないことが多いからこそ、学校でもキャリア教育が必要なのだろう」と思いました。
 自分の人生を、自分で決めるにせよ、身近な大人の影響を受けて決めるにせよ、現代の職業の多様性が高いため、身近な大人から得られる情報が、限定されています。家業を伝承する場合は、家庭内の教育でも事足りるかもしれませんが、身近な大人とは異なる職業を志す場合は、モデリングができないので、その職業に就いたときの実生活についての具体的イメージが持てません。テレビドラマやマスコミなどから得られるイメージも、現実通りとはいかないでしょう。そのため、せっかく希望する職業に就いても、「こんなはずではなかった」と、早々に辞めてしまう若者が後をたちません。したがって、多様な職業の現実についての情報や体験を学校で与えることは、職業決定の参考になるでしょう。

 また、現代は人工知能の影響から、10年後、20年後に同じ職業があるとは限らないのではないかと考えられています。そういう観点からも、「どのような職業に就いても役立つ、汎用性のある能力やスキルを育成する教育」の重要性が高くなっています。人間関係の調整能力、コミュニケーション能力や、みずからやりがいを見出す力、我慢する力やレジリエンス、個別具体的な経験から、汎用性のある法則性を抽出する力、新しい事態に直面しても、過去の経験から適切な対応策を考案する力、などなどが思い浮かびます。いずれにしても、人工知能などで予測できるのは、限定された要素の枠組みの中だけで、現実世界のように、つねに外部の新たな要素の影響が発生するシステムの中で頼りになるのは、豊富なアナログ体験に裏打ちされた直観力でしょう。

 一般に、年齢段階が低いほど、長期的な視点から、人間形成の基盤として必要な資質能力を形成させようとする傾向があるかもしれません。
 私が現在校長をしている附属大泉小学校でも、行事で子どもたちを育てるというコンセプトの下、5,6年生の遠泳をはじめ、異年齢での生活班による通年活動、生活班ごとに栽培した野菜を収穫し校庭中に並べたかまどで汁物とご飯を作り保護者も一緒に食べる体験や、移動教室で学んだことをポスター発表する体験など、毎月のように大きな行事を経験し、社会人になったときに役立つ力をはぐくんでいます。
 高校生にもなると、次に大学に進学する場合は、進学先の決定がキャリア教育の中心になる傾向があります。大学への進学をしなかったり、そのまま就職する場合にも、次のステップを考えることが多いと思われます。

 次回は、こうした高校でのキャリア教育の一環について、冒頭に述べたプログラムを紹介したいと思います。

東京学芸大学教育心理学講座教授
東京学芸大学附属大泉小学校校長
杉森 伸吉
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