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Vol.069ダイバーシティと共生社会②差別はどこから生まれるのか

69_pic_01  前回、障害者差別解消法の前提として、国連の「障害者権利条約」の批准があったことに触れました。国連としては1948年にすでに「世界人権宣言」を採択し、その第一条で「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」としています。ということは、わざわざ障害者の権利を謳う条約は無用のはずです。しかし、「世界人権宣言」以降も「人種差別撤廃条約」「女子差別撤廃条約」「子どもの権利条約」と差別解消に向けた条約が国連で採択されているのです。当たり前のことを法的に縛るということは、逆にいうと現実には差別が存在していることの証でもあるわけです。

 そもそも差別はどのように生まれてくるのでしょうか? アンナ・ハーレントはボーア人の振る舞いについての記述を残しています。

 ボーア人とは17世紀にオランダから追放され、ヨーロッパとの交流を断絶して南アフリカ大陸に入植した白人のことです。当時のキリスト教世界観では「すべての人間の同一性と平等性は、たった一組の共通の祖先(アダムとイブ)から生まれ出た」というものでした。しかし、ボーア人が初めて原住民(黒人)と遭遇したときに、キリスト教世界にはいなかった、「異様なまでに自分たちに似ているが、同じとは思えない存在をどう理解すればいいのか?」、さらにいうなら、「彼らとも共通の祖先をもつとするならば、自分は何者なのか?」ということに、ボーア人は混乱し不安定な状態になったのです。

 原住民との接触の中で自分との曖昧な違いに耐え切れず、ボーア人は「人種思想」を生み出すことになったと、ハーレントは記しています。すなわち、肌の色で差別することで、ボーア人たちはこれまでの世界観を維持しようとしたのです。それ以降、肌の色で区別し、白人以外を下に見る「人種差別」が定着し、それがアパルトヘイトにまでつながっていくのです。

 差別は異質なものと出会ったときの振る舞いの一つなのですね。真の共生社会とは、異質性を豊かなものだと捉えるところから出発しています。異質なものへの寛容さをどのように育んでいくのかが、これからの教育の大切な課題になっているのだと思います。

東京学芸大学教授
濵田豊彦
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