「教科書」と聞くと、どのようなカタチを頭に思い浮かべるでしょうか。表紙がボロボロになったもの? 偉人の似顔絵にラクガキをしたもの? それとも、タブレットの中のもの…? デジタル教科書の登場により、いま、日本の教科書は変化の途上にあります。これまで紙の教科書で、何とかなっていた(何とかしていた)私たち教師にとって、新たなデジタルという選択肢を増やすことは必要なのでしょうか。新たな選択肢を増やすことは、教師の悩みの種を増やすことにつながるのではないでしょうか。
デジタル教科書の導入が進む背景には、文部科学省が進める「GIGA スクール構想」があります。ご存知の通り、GIGA とは Global Innovation Gateway for All の頭文字です。文科省は、GIGAスクール構想を進める目的について、「1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで、特別な支援を必要とする子供を含め、多様な子供たちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育」を目指す、としています(1)。つまり、GIGA スクール構想とは、これまで教師の努力によって何とか対応してきた児童・生徒にも学びを開くことを目的とした構想と言い換えられるのです。
GIGAスクール構想の中で、教科書のデジタル化は学びの充実につながると位置づけられています。これまでの教科書は、該当学年以上の言葉は漢字で記載されていました。また、教科書体と呼ばれる文字体の同一サイズを基本とした大きさで書かれていました。そして何よりも重く、毎日持参することに困難を生じていました。そのため、このカタチに対応しづらい児童・生徒に対して、教師は何とか対応できるよう配慮や工夫を重ねてきました。
しかし、デジタル教科書という選択肢の出現により、学習者が自らの手で、扱いやすいカタチを選ぶことが可能になりました。そして、その選択は私たち教師が与えるものではなく、学習者が自らの意思で行うことが可能となったのです。そのような時代における私たち教師の役割は、
1)学習者が自らの意思で選択をできるよう環境を整え、必要な指導や支援を行う、
2)与えるだけではなく、共に模索しながら学習の環境を整えていく、
ようになるのではないでしょうか。
「いつでも、どこでも、誰でも、学べる。そんな学びを支える伴走者になりたい」。教科書のカタチは変わりつつありますが、私は相変わらず、そんな思いを悪筆でノートに書き留めたのでした。