所属校に聴覚障害を抱える生徒が入学しました。補聴器を使い、口元を見ながらであればかろうじて会話が可能ですが、後ろからの声掛けや小声での会話は聞き取ることができません。学習意欲も学力も高い生徒でしたが、実習の多い学校ですので聞こえないことで多くの危険があるため、担任や専科の教員を中心に何度も支援についての話し合いが行われました。聾学校の先生にも相談し、支援のあり方を検討したそうです。
危険を伴う実習には専門の支援員が配置され、3年間サポートを続けてくれました。おかげで大きなけがをすることなく、無事に過ごすことができました。座学中心の授業では「UDトーク(コミュニケーションの「UD=ユニバーサルデザイン」を支援するためのアプリhttps://udtalk.jp/)の音声認識を用いて、教師の発話を文字起こしすることで、聞き取りにくさを補いました。この生徒の方だけを向いて授業することはできませんのでたいへん有用でしたが、iPadの充電が切れたりマイクを忘れたりすると使えないため、困ることがありました。
また、この時期はコロナ禍と重なっていたこともあり、全員がマスクを着用していました。読唇術を用いていたため、生徒同士の会話にはかなり制限ができてしまいましたが、授業では透明マスクを用いるなどの工夫をして少しでも聞き取りやすい環境を整えました。一方でコロナ禍は教育環境のICT化をもたらしました。都立学校ではMicrosoftTeamsが導入され、オンラインやオンデマンドで授業を配信できるようになりました。ほどなく追加された日本語のライブキャプション機能(会議の発言内容を自動で文字起こしできる機能)を併用することで、特別な機器を用いなくても学習支援ができる環境になってきました。
多くの支援に応えるように学習に励んだ結果、私の担当科目では常にクラス最上位の成績を維持していました。選択授業では国語表現を選択し、自分の考えを他者に自信を持って伝えることができるようになりました。そして聴覚障害を支援してくれる大学を担任と一緒に探し、さらに学び続ける道を選択しました。卒業を目前に控えたある日、将来の夢を語ってくれました。「聴覚障害を持っている子どもは、ほんとうにやりたい勉強をあきらめてしまうことが多いんです。だから私は、今私が学んでいるように、その子たちが学べるような支援をしていきたい。」一人への支援が次の支援に繋がっていく瞬間でした。