カリキュラムという語の定義は、時代とともに広がってきました。教育学者の佐藤学は、カリキュラムとは、教育課程や指導の計画だけでなく、「学校において教師と子どもが創造する教育経験の総体」(佐藤, 1996, p. 4)であると説明しています。そうした定義の拡大に影響を与えたのが、潜在的なカリキュラムという概念です。
多くの人はカリキュラムという言葉から、国や学校がデザインしたものを連想するのではないでしょうか。教育課程などの学校における正式なカリキュラムのことを、顕在的カリキュラムと呼びます。それに対して潜在的カリキュラムは、教師の価値観やそれに基づく言動、置かれている環境、友人との人間関係などから、子どもたちが無意識的に学んでいく知識や考え方を指した言葉です。
例えば、子どもの発言を丁寧に拾いあげる教師の下で学んだ子が、話し合いの中で自らもそうした振る舞いをできるようになることがあります。また、それぞれの個性を尊重するべきだと分かっていながら、成績という一つの指標で自分たちを序列化してしまう子どももいます。これらは、教師の振る舞いや、テストの点数・評定といった数値で学校が彼らを評価してきた文化から、彼らが学び取ったことかもしれません。
以前、先輩の教員から、子どもは教師を映す鏡であると言われたことがあります。潜在的カリキュラムの性質を踏まえると、子どもは教室・学校という場を映す鏡であるとも言えそうです。子どもたちは生活の中で、私たちが想像している以上に様々な情報を受け取っています。学校に存在する有形・無形の様々な事物が、子どもたちに思いがけない影響を与えているかもしれないという認識を持つことが必要なのではないでしょうか。
興味深いのは、初めは潜在的カリキュラムだったものも、そこに意識が向けられて、意図的に整備されると、顕在的カリキュラムになるということです。現行の学習指導要領のポイントであるカリキュラムマネジメントについて、中央教育審議会では、その三つの側面の一つに、「教育内容の質の向上に向けて、子供たちの姿や地域の現状等に関する調査や各種データ等に基づき、教育課程を編成し、実施し、評価して改善を図る一連のPDCAサイクルを確立すること。」(中央教育審議会, 2016, p. 24)を挙げています。子どもの学びを中心としたカリキュラムマネジメントのサイクルを回していく上で、ひそかに存在している潜在的カリキュラムも気にしていけたらと思います。