前回紹介した野球チームのエピソードには学校で学んだいくつもの要素が含まれ、それは日本の学校教育の大きな特徴だと紹介して結びました。そのエピソードを紹介します。
私が小学校へ入学したのは高度経済成長期の終盤で教育制度の整備・充実期だったようです。木造校舎から通りを挟んだ向いの整備途中の運動場を、踏み板をガサゴソいわせ新築の鉄筋校舎まで自分たちの机を運んで引っ越したのを覚えています。新しい校舎での学校生活は、きっと先生もこどももワクワクしたものだったのだと思います。 担任のひろみ先生は学級会を大切にされていました。なにがきっかけかは定かでないのですが、「教室でウサギを飼う」ことになり、学級会での話し合いは「ウサギはどうするのか」という問いからはじまりました。「駅前にできたダイエーという店は何でも売ってるらしいから、そこへ行こう!」と、日曜日に待ち合わせ自転車で出かけたのです。もちろん先生もその中にいます。しかし主婦の店ダイエーにウサギは売っていませんでした。梅雨前の暑い日でぐったりしていたら、りゅうじ君が、お父さんの喫茶店が近くだからそこで作戦を考えようと提案してくれました。冷たいコーラを飲みながら、みんなで話し合い、考え合い、その結果、ウサギをあきらめ犬を飼うことに決めたのでした。それは誰かが、子犬の譲り先を探しているという情報をもっていたからです。 週が明け学級会で報告をします。ウサギはいなかったこと、もらい先を探している子犬がいること、ウサギの代わりに「教室」で犬を飼うことが話し合われました。校庭ではなく教室で飼うことに拘りがあったのです。先生は、校長先生にお願いに行くこと、そのためにはどうやってお世話をするか、子犬の命をどう守るかも含めて校長先生を説得できる内容を考える必要があると教えてくれたのです。 結果的に、教室でウサギは飼えることになりました。校長先生にお願いに行くために、エサをどうするか、散歩はどうするか、トイレはどうするか、日曜日や夏休みはどうするか、8才のこどもたちはよく話し合いました。一緒に給食を食べ、休み時間は運動場で遊び、日曜日や夏休みは近くの子が交代で家に連れて帰ることにしたのです。校長室にお願いにいく時にすごく緊張したこと、校長先生がいいですよと言ってくれたときにみんなが歓喜の声をあげたことを覚えています。子犬の名前は忘れてしまいましたが、子犬は一年間一緒に教室で過ごしました。3年生で私は転校しましたがクラス替えもあり、話し合った結果、男の子のまーちゃんが引き取ってくれたと転校先の私にも知らせが届きました。
これは日本の教育の特徴でもある特別活動での出来事です。映画「小学校~それは小さな社会~」でも話題になったように日本の義務教育課程は、教科教育と特別活動で構成されています。学校行事、給食や掃除、委員会活動、生徒会、など学級活動を使い、先生は伴走しながら「やり方」「考え方」をこどもが体得できるよう、指示ではなく対話を通し学級経営でこどもを成長へ導きます。どうやって自分たちの夢を実現させるか、自分だけでなく犬の幸せも考えられるか、その実現に自分はどんな貢献が出来るか、プロセスを通して体得していくよう先生は笑顔で伴走してくれていたのです。学級経営は集団づくりをベースにして、こどもの自立を目指す育成の方法です。このマネジメント手法は科学することができます。私が勧めるのは「肯定的探究マネジメント」という方法ですが本稿のテーマとは異なるので、どこかでお話しできる機会があればその時に。
さて、ウサギと共に成長する半世紀以上前のこどもたちのその後が気になりますか?
野球チームのエピソードで他校との対外試合を組んだ相手というのは、実はこの時のクラスメイトが創ったチームでした。繋がり合い成長を支え合うこどもたちは、エコシステム、すなわち根でつながる植物にも似ています。いま教育に求められる持続可能な社会を創るための学びの根幹がそこにあると考えています。