私の歩みを振り返りますと、まさに「人間万事塞翁が馬」の一語に尽きます。良いことも悪いことも、その時点では本当の意味は分かりません。しかし後になって振り返りますと、不運と思えた出来事が新たな道を開き、喜びに見えたことが次の試練につながることもありました。
私の原点は、小学生の頃、父に連れられて校庭で走り幅跳びをした日にあります。そこで活動していたサッカー部に入り、全国大会にも出場しました。ですが、全国のレベルの高さを知り、自分はこの道ではないと悟りました。その挫折があったからこそ、中学校で陸上競技に進むことになりました。
中学では一、二年の間は実績もなく、努力が結果に結びつかないもどかしさを味わいました。しかし三年次に陸上専門の顧問が着任し、競技人生が大きく動き始めました。高校進学では第1希望ではなく第2希望への進学となりましたが、その高校で陸上に打ち込み、インターハイ出場を果たしました。一方で国体選考には届かず、その悔しさから早く受験勉強に切り替えることができました。
大学もまた第1希望には進めず、第2希望への進学でした。しかし、強豪一流校ではなかったからこそ、自分が活躍できる場がありました。就職でも高校勤務を希望しながら、配属は養護学校でした。当時は思い描いた道と違うと感じましたが、そこで囲碁、テニス、卓球、スキーなど多くのことを学び、教師としての幅を広げることができました。
その後、母校の東京学芸大学に転じたものの、採用は一般体育で、陸上担当ではありませんでした。ところが上司の急逝により、私が陸上専門を任されることになりました。悲しみの中で引き受けた責任でしたが、それが私の大きな使命となりました。指導の日々には、選手の大怪我という辛い出来事もありましたが、その一方で日本一となり、国際大会でメダルを獲得する選手を育てる喜びにも恵まれました。
やがて学系長、校長など管理職を務める中で、体調を崩したこともありました。しかし、それを機に禁酒を決意し、健康を取り戻すことができました。最後の管理職として特別支援センター長を務めることができたのも、これまでのすべての経験がつながった結果であったように思います。
退職前には家の新築を計画しましたが、コロナ感染により見直しを余儀なくされ、リフォームへと変更しました。これもまた、結果として身の丈に合った穏やかな選択となりました。そして今、無事に退職の日を迎えることができました。
思えば、叶わなかった希望、思いがけない異動、悲しみや病もありました。しかし、その一つ一つが次の道を開き、私を育ててくれました。支えてくださった多くの方々への感謝とともに、私は静かにこの言葉をかみしめています。
人間万事塞翁が馬
私の人生は、まさにそのことを教えてくれた歳月でした。