HOME > 第1回「教えて! 先輩!」
第1回「教えて! 先輩!」
HUMAN vol.017

「いろいろな目」で物事を見ることの大切さ

教員を目指す学生が若手・中堅教員に、若手・中堅教員がベテラン教員にインタビューをして、教師という仕事の本質に迫る「教えて! 先輩!」。第1回となる今回は、東京学芸大学修士課程の金子翼さんと戸田圭美さんが、同大学のOBであり、現在は同大附属世田谷小学校に勤める久保賢太郎先生にインタビューを行いました(収録:2018年6月)。

小学校の先生の仕事って、こんなに奥が深いんだ

戸田私は教育実習でたくさんの子どもたちと関わって、教えることの楽しさや、子どもたちが変わっていく姿を見る喜びを知りました。それが小学校の先生になろうと決めた理由です。久保先生は、どうして小学校の先生になろうと思ったのですか。

久保僕も教育実習がきっかけだったね。大学に入ったころからずっと、高校の先生になって野球の指導者になりたいと思っていたんだけど、今勤めている学校で教育実習を3週間経験したことで、小学校の先生の仕事の面白さを初めて知ったんだよね。そこで大きくシフトチェンジすることになった。

金子何がとくに面白いと感じたのですか。

久保今考えると恥ずかしいんだけど、それまでは、小学校の先生は教科書に書いてあることをそのまま教えればいいと思っていたんだよ。でも、教育実習に行ってみて、先生たちは一回一回の授業にものすごくこだわっているということがよくわかった。「子どもに理解してもらう」というのはまったく簡単なことではなくて、いろいろな経験や知識をつぎ込んで45分をつくっていくことで初めてそれができるということを知って、「小学校の先生の仕事って、こんなに奥が深いんだ」と感じたんだよね。それで、自分もこの仕事に取り組んでみたいと思った。金子くんや戸田さんの同級生たちは、実習を体験してみてどう感じているのかな。

戸田はっきり二つに分かれていますね。実習を体験したことで「教員になりたい」とあらためて思う人たちと、迷いが生まれて「やっぱり企業に就職しよう」と考える人たちと。

金子大学に入ったときから教師になろうと思っていた人たちの中には、実習を経た後で、教員になりたくないと考えるようになる人も多いんです。理想を抱いていたぶん、現実を見て戸惑ってしまうんですよね。僕は高校教員を志望しているのですが、最初から教師を目指していたわけではありませんでした。それがむしろよかったような気がしています。

久保理想がある人ほど「教員のリアル」がいやになっちゃうわけだよね。授業は先生の仕事のほんの一部で、職場の人間関係とか、保護者との関係とか、考えなければならないことがいろいろあるからね。

戸田職場の人間関係は私もすごく気になります。当然、気の合う先生とそうでない先生がいると思うし、その中で一つにまとまっていかなければならないわけですよね。やっていけるかどうか、すごく不安です。

金子学部の卒論で中・高の先生のアンケート調査をしたのですが、「教員がまとまらない」という不満が実際にいくつかありました。久保先生の職場はどうですか。

久保これは教員の世界に限らないと思うんだけど、10人以上の人たちが集まって完全にまとまるということはないんじゃないかな。一人ひとり価値観は違うから。でも、まとまっていると思える瞬間はあって、それはみんなで子どものことを考えているときだよね。全員で子どもに向き合って、何が問題で、それをどうすればいいかを本気で考える。そういうときにはまとまることができると思う。逆に、そこで子ども中心に考えられず、自分の主張だけをする先生がいたら僕はすごく残念だと思う。

「マニュアルどおりにやる」ことの大切さ

戸田私は、授業のつくり方にも不安があるんです。実習のときは、担当する授業が1日1コマくらいしかないから、一つの授業の準備にすごく時間をかけることができました。でも担任になると、1日4、5コマが週に5日間続くわけですよね。そうなると時間がなくなって、赤本を読んでそのままの授業をやってしまうようになるんじゃないかって。

久保自分がやりたいような授業ができるようになるには時間がかかるよね。僕も最初の2年間は、「これが自分のやりたかったことじゃない」といつも思っていたよ。大学では、例えば「子どもの動機づけ」について勉強したりするじゃない? でも実際には、そんなことどうでもいいから、まずは授業を回していかなきゃ、という感じになる。それが普通だと思う。
 でも、それをマイナスと捉えるかプラスと捉えるかによって、そのあとが変わってくるんじゃないかな。自分の意見もへったくれもなくて、まずはマニュアルどおりにやる。どんな仕事でも、そういう時期はあるはずだよ。僕は、型通りにやったその時期があったからこそ、8年間勤めた今になって、自分でアレンジして好きな授業がある程度はできるようになっていると感じている。何年間かしんどい時期を過ごすことは、決して無駄ではないと思う。

戸田教員としての土台づくりの時期ということですね。

久保そうそう。理想だけじゃ仕事にならないし、先生になればその仕事で給料をもらうわけだからね。辛くても、頑張って基礎固めをしなきゃならない期間は絶対にあると思うよ。

「一人の人間」としての教師

金子教員になって最初の1、2年は、プライベートの過ごし方はどんな感じでしたか。土日もなく、休む暇もなくなるんじゃないかという心配があったりします。

久保僕の場合は、土日も何かしら授業のことを考えていたような気がする。「45分が成立しないんじゃないか」という不安がいつもあったから、次の週の授業の仕込みをしたり、教科書を読んだりしていたよね。

金子やはり、覚悟が必要ですね。

久保でも、僕のやり方がよかったかどうかはわからないよ。同僚の先生から聞いたんだけど、新任2年目のころ、指導してくれていたベテランの先生からこんなことを言われたんだって。
 「土日に外の研究会に参加したり、教科書を家で読んだりするのもいいけど、子どもは先生の“人”を見ているんだよ。あなたが生き生きしていないと、どんなにいい授業をしていても、子どもはハッピーじゃなくなるでしょう。おいしいごはんを食べたり、旅行に行ったり、映画を観たりして、月曜日にニコニコして学校に行けるようにすることの方が子どものためになるんじゃないかな」──。

金子そんなことを言ってくださる先生が身近にいたらいいですね。僕はその言葉にすごく共感できます。「生徒のためにすべての力を注ぐのが教師のあるべき姿」という考え方もあると思います。でも、生意気かもしれませんが、僕はそれだけではないんじゃないかなと思っています。久保先生がおっしゃるように、教師は一つの仕事だし、仕事は人生の一部ですよね。自分の人生があってこその仕事だと思うから、僕はオンとオフはしっかり分けたいんです。

久保その考え方は全然間違っていないと思うよ。もし、教師という仕事にほかの職業と違う点があるとすれば、学校の外でも「先生」として見られることだよね。

金子そうですよね。プライベートの時間でも、街を歩いていて子どもに会ったら「先生」と言われるじゃないですか。彼女と歩いたりしていても大丈夫かな、と思ったりします(笑)。

戸田教師になると行動が制限されるという話はよく聞きます。学校の近くで買い物をしていると子どもに会うから、わざわざ離れたところまで行って買い物をするとか。

久保スーパーで子どもに会っても、何も気にせずに「おう!」と言える先生もいるけどね。僕も学区内に住んでいるから子どもたちとよく会うけれど、全然気にならないよ。
教師は聖人君子じゃなきゃいけないわけじゃないし、いつも子どもたちのお手本じゃなきゃいけないわけじゃない。学校でもプライベートでも、ありのままの自分を見せるということでいいんじゃないかな。いかにも「先生然」としている必要はなくて、一人の人間として、子どもと一緒にフラットに楽しんだり、悩んだりするのがいい。僕はそう思っている。

この子のことをもっと教えてください

戸田保護者の目が気になったりはしませんか。

久保一つ確かに言えるのは、子どもが信認してくれれば、親も信認してくれるということ。子どもが先生のことが好きで、学校が好きで、毎日が楽しい。そうやって教師と子どもがつながっていれば、ちょっとくらい汚い格好で街を歩いたりしていても、全然平気だと思う。評価の軸はそこにはないんだから。逆に、きれいな格好をして歩いていても、子どもからの信頼がなかったら、保護者も信頼はしてくれないよね。

金子実習のときには服装のことを細かく注意されます。でも、本当に大切なのはそういう「外見(そとみ)」じゃないんですね。人として人にどう接していくか。先生の話を聞いていて、それが大事なんだと思いました。

久保スーツを着ているかどうかなんか子どもにとっては関係ないし、もし、その学校の方針でスーツを着なくちゃいけないのなら、着ればいいと思う。そこに本質はないんだよ。

戸田保護者の中には、すごく理不尽なことを言ってくる人がいるということも耳にします。

金子メディアなどでモンスターペアレンツのイメージが出来上がっているから、どの学校にも必ずそういう保護者がいると思ってしまいますよね。

久保もし、そういう保護者と話をしなければならない場面があったら、大事なことは互いに「協力者」になることだと思う。その人を悪者と決めつけたり、その人の言葉に対して「それは違う」と否定したりした時点でコミュニケーションは成立しなくなるよね。
だから、「お母さんはこの子をハッピーにしたいと思っていますよね。僕だって同じです」ということを誠心誠意伝えることだと思う。そして、「この子のことをもっと教えてください。僕にもわからないことがたくさんあるので助けてください」と正直に言うことだと思う。それがあれば、「対立」ではなくて「協力」の関係をつくることができるはずだから。対立より協力を目指すのって、人間関係では当たり前のことだよね。教師と親の間のことだけじゃなくて。

「スタンダード」は教師自身を苦しめる

戸田学級に30数人がいたら、その中には信頼関係をつくることが難しい子どもも必ずいると思うんです。教師と生徒って、一人対30数人じゃないですか。一人でやっていけるのかなとつい思ってしまいます。

久保難しい子は絶対いるよね。僕は、クラスの子にセロハンテープの重たい台を至近距離から投げつけられたことがあるよ。その子とはいい関係がなかなかつくれなかった。
教師になる人は誰だって不安だと思うんだけど、僕は子どものことを「複眼的」に見られる視点があれば、ある程度はうまくやっていけると思っている。一人の子をいろんな角度から見るということだよね。何が好きで、何が嫌いで、どういうときに怒って、どういうときに喜ぶのか。家庭環境はどうなのか。これまでどうやって成長してきたのか──。そういうたくさんの目で子どもを見ることができれば、信頼関係をつくる糸口は必ずあると思う。
セロハンテープの台を僕に投げつけた子は、家庭がちょっと複雑で、いろいろなことに困っていたんだけど、僕はそれをわかってあげられていなかったんだよね。困っているんだけど、口ではそれを言えないから、物を投げつけることで表現したんだなってあとからわかって、すごく反省した。
簡単なことじゃないんだよ、物事を複眼的に見るってことは。僕も含めてそれができている先生はあまりいないよね。でも、チャレンジしていかなければならないと思う。

金子大学で教育について勉強すると、ついつい「先生はこうあるべき」とか「教育はこうあるべき」という見方が身についてしまって、一つのことをいろいろな角度から見るのが難しくなってしまうことがあるのかもしれませんね。

戸田だから、「こうしなきゃいけない」というスタンダードができてしまう。

久保教育には正解なんてないっていうのが本当だと思う。僕は30代に入って中堅と言われる立場になってきたけれど、そんなポジションにある教員として、20代の新しい先生が自分なりの答えを導き出そうとしているときに、「そういう見方もあるんだね」と言ってあげられるようになりたいと思っている。正解を押しつけるんじゃなくてね。一つのスタンダードにとらわれることで苦しむのは、教師自身なんだよ。だから、これから先生になる人たちにはいろいろな見方ができるようになってほしい。僕もそうしていきたいと思う。

テキスト:二階堂 尚(ライター)
久保 賢太郎
プロフィール
1988年北海道札幌市生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。東京都公立小学校教員を経て、現職。
体育科教科内容や運動学習場面における学習者の思考・協働を促す授業デザインのあり方、現代の教師に求められる資質能力や教師の自己変革プロセスなどを問題関心としながら、日々の授業実践や研究活動に取り組んでいる。
インタビューを終えて
大学4年生のころ、授業研究会に出向いた先で必死に見ていたものがありました。それは「教室掲示」です。東京都の教員として働くことを目前に控えた当時の私にとっての最大関心事は「その授業がどうであったか」などではなく、「4月になったら何をするんだろう」ということでした。今となっては本当に情けない話ですが、それが8年前の自分のリアルでした。今回、彼らのコトバを聞きながら、そのころの自分が浮かび上がってきました。それと同時に、そんな状況にも関わらず、かすかに抱いていた「理想」や「希望」があったこともまた、思い出されました。
学校を取り巻く環境、関わる人材、扱う内容は多様化し、教員の多忙化が叫ばれています。求められるハードルは高まり、オーダーも増え続けているように思います。でも、それはいつの時代も同じではないでしょうか。そしてそれは、決して学校だけではないはずです。
不安や大変さといった「ネガティブ」なことを叫ぶ前に、いや、叫びたくなるときこそ、自分がもっている理想や希望を語れるような、それに向かって楽しめるような、そんな先輩でありたいと、今回の対談を終えて感じました。そして、これから先生を目指す皆さんにも、そうであってほしいと思います。いろいろ大変なことはある、でもそれはいつでもどこでも同じです。だったら明るく、前を向けるような、おもしろいことを考えられるような、そんな学校にしていきたいじゃないですか。
そういう先生や学校が増えていき、子どもたちの理想や希望も膨らんでいくことを願ってやみません。
金子 翼(大学院修士課程2年生)
プロフィール
高校の保健体育の教師を目指しています。体育の授業を通して、子供たちの世界を広げられるような先生になりと思っています。
インタビューを終えて
普段大学では知ることのできない、リアルな先生のお話を聞けて楽しかったです。久保先生のような先生になりたいと思いました。
戸田 圭美(大学院修士課程1年生)
プロフィール
校種:小学校
どのような教師になりたいか:「仏様の指を体現できる教師」、「失敗と成果から学び、成長できる教師」になりたいです。
インタビューを終えて
久保先生へのインタビューを通して、より先生になるのが楽しみになりました。 インタビューの中でもあった「複眼的な視点」で物事を見ることができるように、今から実践していきたいと思います。
pdfをダウンロードできます!